仕事とは(Ⅲ)

仕事とは(Ⅲ)

東京の商社でバリバリ働いている沖縄出身の30代半ばのビジネスマンが仕事の視察もかねて里帰りし、眺めのいい丘で青く広がる水平線を眺めていた。

目線の下の牛小屋から数頭の牛の鳴き声がしている。

昨日の夕食に絶品の石垣牛を食べたビジネスマンは何気なく牛小屋に行ってみると、40代半ば位の無精ヒゲの男が牛に草を上げている最中だった。

「こんにちは、立派な牛ですね」 ビジネスマンが話しかけた。

人の良さそうな小柄な無精ヒゲの男性は、控えめに「どーも」とだけ答た。

大きな牛舎だけど、牛は5、6頭ほどしかいない。

「牛が少ないようですが、出荷したばかりですか?」 とビジネスマンが聞いた。

「いや家族が食う分には、この位の数で充分だよ。」

「じゃあ世話に時間がかかるのですね?」

「そうでもないよ。一日一回この時間に草を与えて終わりさ」

「そんなに簡単なんですね。じゃあ残りの時間は何してるんですか?」

「朝はゆっくり起きて海辺を散歩して、気が向けば釣りをしている。昼頃にはここに来て牛にエサをやって、海の見える近くの畑で少しばかりの野菜をつくっている。夜は釣ってきた魚を持って近くの小さな居酒屋に行き常連客たちと三味線を引いて島唄を歌いながら泡盛を飲んでいるよ。いつも優雅な生活さ。」

ビジネスマンは、地元沖縄の、のんびり加減に少し嫌気がさしていた。

「こんなんじゃ田舎の年寄りと一緒じゃないか。のんびりしるだけで、なんの成長もない。」
「沖縄の人達は、人はいいが危機感がなさすぎる。こんなんじゃ本土の人達から見下されても当然だ。」

東京の競争社会で、もまれ続けているビジネスマンはそう思った。

「いいですね。のんびりしていて・・・」 本心ではない。そして続けざまに

「でも、あなたはまだ若い。聞くところによると子供も3人いるみたいだし、一丁稼いでみませんか?自分は今東京の一流商社で働いているけど、今目玉となるご当地グルメを開発中なんですよ。そこで考えたのが沖縄版鉄板焼きステーキ、東京では沖縄ほど鉄板焼きステーキが流行っていない。東京の駅ビルでやれば絶対に流行る。その為には沖縄との生産ルートが必要だ。この大きな牛舎を使って石垣牛の様な独自のブランド造りに協力しませんか?もちろん開発費はこちらが出すし技術者もノウハウも当社が出す。おそらく、あなたはあっという間に今の収入の20倍は稼げるようになりますよ。」
と得意げに言った。

「面白そうだね、一番上の子も内地の大学に行きたいと言っているし、お金は必要だけど・・・」

「そうですよね。世の中お金がないと何もできない。子供だって内地の大学にも行かせることもできないんですよ。」

「お金は確かに必要だけど。でもリスクを冒してまで冒険はしたくないんだよ。今の生活が好きだし・・」

「そんなんじゃ、これから先、食っていけませんよ。消費税もアップするし年金受給だって引き上げられる。今やるしかないですよ。」

「そうとは思うけど、あなたはなんでそんなに稼ぎたいんだ?」

「自分は東京の生活にうんざりしてるんですよ。家賃はここの3倍の15万でも、とても狭い2LDKで自分の居場所もない、子供はまだ小学生なのに受験戦争に巻き込まれて塾や習い事にお金がかかる。朝晩の往復3時間の通勤電車にも疲れた。早くお金を貯めてこの生まれ故郷の沖縄に帰ってきて、海を眺めながらゆっくり生活したいんですよ。それが自分の夢なんですよ。」

作業の手を休め黙って聞いていた無精ヒゲの男は、うつむき加減で片片付けを始めながら

「それがあなたの夢か・・・じゃあやめとくよ。自分には確かにお金はないけど、今自分はあなたの言う夢の生活をおくれているから。子供はお金のかからない沖縄本島内の大学か専門学校にでも行かせるよ。」

そう言いながら牛舎の奥に消えて行った。

ビジネスマンは再び丘に戻り、眼下に広がる青い海を眺めて「フー」と、ひとつ大きなため息をついた。

本土の競争社会で育まれた歪んだ自意識と本来の田舎者の本音が交差した一面が垣間見れます。

果たして人が仕事をする意味とは・・・・・(本日は柄にもなく小説風にしてみたハウス太郎でした。)



Posted by ハウス太郎 at ◆2013年06月06日08:42
 
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